大曲市街から雄物川に沿って約6kmほど南下すると、角間川という町に辿り着きます。かつて角間川は角間川給人によって造られ発展した一大商業地でした。
角間川給人とは戦国時代に横手を拠点とした豪族小野寺氏の家臣で、関ヶ原の戦いによって改易された小野寺氏の一部の家臣が横手川と雄物川の合流するこの地に目を付け、秋田藩の許可を得て新田開発を行ったのが始まりでした。
藩内随一の穀倉地帯となった角間川はさらに雄物川の舟運によって流域最大の河港へと発展します。町人町が整備され六歳市が立ち、かつての河港付近である「浜」には10数棟の大倉庫郡が並んだといいます。さらに藤木八圭のあたりは歓楽街として賑いました。
現在、角間川の街並みの中心は、本町にある旧地主の屋敷街です。 武家屋敷を思わせる佇まいの屋敷は、帰農した角間川給人の家柄を残しているのかもしれません。
本町から八圭にかけて、平入りや妻入りの町家が僅かに残されいますが、比較的新しい時代に建てられたものと思います。近年まで八圭には2軒の酒蔵があったようですが、それらしい建物を見つけることは出来ませんでした。
かつて、10数棟の土蔵が建ち並んだと言われる浜の街並みは、近年まで残されていましたが、河川の改修工事によって土蔵街は取り壊されてしまいました。
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