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喜多方郊外の三大集落の一つ、三津谷集落は杉山集落の手前、米沢街道の旧道沿いにある赤レンガ集落として有名です。
納屋から土蔵、作業小屋、座敷まで煉瓦造りのこの集落は、実は自ら望んで煉瓦造りになった訳でありませんでした。
明治30年ころ、中央で煉瓦焼成技術を学んで帰った、樋口某という人物が地元の村民から出資を集め煉瓦工場を起こしました。しかし、この土地の土質はあまり良くなく、良質な製品が作れなかった為に経営難におちいってしまいます
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そこで、出資者や債権者たちに現品相殺という形で、煉瓦を使って家屋を建て替えていくことになりました。
しかし、西洋建築の煉瓦建造物と違い、木造建造物の外部に煉瓦を積みあげていったこの建物は、かえって通気性が悪く内部の木造構造物が腐敗しやすい事が判明。
次第に、煉瓦造りの建物は姿を消していくこととなりました。
一時は先進的な集落として注目を集めた事でしょうが、皮肉な結末になってしまいました。現在も土蔵造りの蔵をベースとした煉瓦蔵は五軒が残っています。
さらに、この赤煉瓦集落にも喜多方ラーメンの店はあります。 |
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