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  高家
こうか
 古代の若彦路沿いに残る街農風景
 山梨県東八代郡八代町高家 【山梨県笛吹市八代町高家】2004年合併

 構成:農家屋敷 ■ 駐車場:なし
 
 
笛吹川左岸の丘陵上に形成された農村集落である高家は、古くは「小岡」とも書き「こうけ」では無く「こうか」と読みます。
古代この八代地域は甲斐と朝廷を結んだ道・若彦路が通り、隣接する御坂町には国府が置かれていたとされ、古代甲斐国の中心地だったといわれています。
高家という地名も郡家の転じたもので、郡衙(郡役所)の置かれた場所だったという説があります。高家集落は街道に沿って街村の形態をなしていますが、戦国期に築かれた小山城の城下に形成された集落に始まります。
この一体は耕地に恵まれず江戸期は廃業する農家があとを絶ちませんでした。柳沢氏時代には課税強化によって貧窮化が進みましたが、雑穀などの二毛作、養蚕や煙草栽培で生計を立て、やがて当地で生産された生糸を紬に織り京都西陣へ出荷kして活況を呈したといいます。
上九一色村で中道往還に合流する旧若彦路(主要地方道八代芦川三珠線)沿いに旧道のような反れた道筋がありますが、宅地化が進み古い建物は残されていませんでした。しかし、さらに一歩東側の細い生活道路に足を踏み入れると、豪農の屋敷を中心としたわずかな風景がありました。
この地域には古くから日本武尊の伝説があり、若彦路の名は日本武尊が東国征伐の帰途に甲斐に立ち寄った凱旋の道で、その後この地に封じられた息子・若武彦王にちなんでつけられたものだそうで。