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  境町
さかいまち
 陸運と水運の接点として栄えた日光例幣使街道間の宿
  群馬県佐波郡境町境 【群馬県伊勢崎市境】2005年合併

 構成:商家・町家・擬洋風建築 ■ 駐車場:なし

 
 
境町の歴史は古く、鎌倉時代に広瀬川の舟運交通が始まる時期から渡船場付近に発達した集落で、江戸時代になると日光例幣使街道柴宿と木崎宿の間の宿として問屋場が置かれました。そして経済交流の場として六斎市が開かれ、街道沿いに町並みが形成されていきます。境宿は間の宿でありながら勅使の休息所する2軒の本陣が設けられていました。
また境町は足尾銅山から産出された公銅を江戸へ搬送する水陸交通の接点として栄えます。平塚河岸は足尾銅山の発見と同じ時期の慶長15年(1610)に成立した河港でしたが、後に銅山街道と河岸は下流の亀岡に変更されてしまいます。
江戸中期からは元船の上流までの遡航が困難となり、小舟への中継河港として発達、年貢米や商人荷物の輸送を行い、河岸には問屋10軒が並んだといいます。
江戸末期から明治にかけては糸の集散で栄え、取扱は上州一と称されました。明治以降は商人や職人が定住して商業が活況を呈し伊勢崎織物の生産地となります。
平塚河岸には河岸問屋が最盛期には11軒にも及び、現在も北清・京屋など当時の屋号や荷蔵が残されているそうですが、農業地域となった今往時を偲ばせる遺構は一切見ることが出来ませんでした。