三重県の県都、津市の中心市街の北に一身田の町はあります。
一身田は親鸞を開祖とする浄土真宗十派の一つ高田派「専修寺」の寺内町として成立しました。浄土真宗高田派はもともと下野国高田(栃木県)を拠点としていましたが、寛正6年(1465)頃に、十世真慧(しんね)がこの地に招かれ無量壽院を建てました。しかし戦国時代になると下野高田の本山専修寺が炎上荒廃してしまい、一派は一身田に拠点を移し、無量壽寺を「専修寺」と改めます。
室町時代後期になると、専修寺を中心に末寺や民家を囲い込んで周囲に外濠をめぐらし、寺内町の形態を作り上げました。一身田は以後、幾度もの大火に見舞われ、寺院、民家とも全焼しますが、津藩2代藩主藤堂高次の支援のもと、今に残る寺院と町の整備が行われました。
一身田の町並みは専修寺の南側に残されていますが、門前町的な観光客相手の土産店などは見られず、非常にひっそりとしています。全体的に歴史的建造物は少ないのですが、いくつかのブロックにまとまって、伝統的な佇まいの商家や町家が残されていました。
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