近鉄四日市駅から近鉄内部線を経由する近鉄八王子線で3駅目にして終点の西日野駅がある地区は、古くから四郷(よごう)地区と呼ばれ、なかでも室山町は今なお古い町並みが多く見られます。
室山町は天白川中流に位置する丘陵地で、天平18年(746)頃に行基が建立した無漏山法蔵寺にその名がちなみます。かつて近鉄八王子線は室山町の西の八王子町まで延びていましたが、昭和19年の豪雨によって運行不能となり、その後西日野駅から先は廃線となったのです。ちなみに軽便鉄道として建設されたまま現在に至る、八王子線と内部線は軌間762mmの特殊狭軌線で、コンパクトなかわいい車両が走ります。
幕末から明治初頭にかけて、室山町では商工業、特に製糸業と酒造業、製茶業が発達し、その後味噌や醤油の醸造も始まりました。室山七人衆と呼ばれた豪商に一人、伊藤小左衛門家は「室山味噌」や清酒「神楽」を起こし、神楽酒造やヤマコ醤油は今なお現役で操業中です。また製糸業では伊藤製糸部(後の亀山製糸)を興しました。
西洋型建築である亀山製糸室山工場は、現在町のシンボル的存在です。
もう一人の豪商である、
伊藤伝七家もまた中世から続く商家であり、古くからの質屋から酒造業に転換。「八島」の銘の酒を醸す一方、明治には国産ビール醸造も試みていました。この伊藤伝七家もまた製糸業を興し、さらのその近代化と発展に尽力して
現在の東洋紡績(三重紡績と大坂紡績が合併)の礎を築いたのです。
室山町には近年まで3軒の酒蔵がありましたが、その中の1軒、若き蔵元により将来が期待された笹野酒造部は平成20年3月に廃業してしまい、 現在は2軒になります。その他1軒の醤油醸造蔵がありますが、それら醸造業の大規模な蔵や製糸工場群が室山町の町並みの中核となっています。
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