出雲市の中心部から神戸川に沿って南へ約13km、旧佐田町の中心部から今度は神戸川の支流、須佐川に沿って県道湖陵掛合線を掛合方面へ3kmほど進んだ場所に、宮内という名の集落があります。宮内は簸川郡の最南端に位置する山間の町で、地名が表すとおり、須佐神社の門前町・宿場町として平安期から出雲西部地域と奥出雲、さらに備後を結ぶ交通の要衝として栄えていました。
この地域の歴史もまた古く、奈良時代より須佐郷と呼ばれていましたが、この須佐という地名は有名な古代神話「素戔嗚尊(須佐之男命)」が、ここに自身の御魂を鎮めたという伝説に由来します。現在は交通の便があまりよくない為に訪れる者はあまりいませんが、須佐神社は出雲神話上で大きなウェイトを占めるスサノオノミコトノ本社とも言える由緒ある神社で、鎌倉期には須佐神社の鎮守する宮内地区を中心として町場が発展していました。
現在の宮内地区は明治29年から昭和28まで存在した旧東須佐村の役場所在地でもあり、佐田町の中心部に次いで人口が多い集落です。
明治22年に宮内村を中心に5か村が合併して古代からの郷名より須佐村が成立。その後昭和31年に同簸川郡窪田村と合併した際、2つの村名から1字づつとって佐田村が成立しました。
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