現在は長門市の一部となった旧大津郡日置町の中心地、日置上(古市)から長門市のある東へ約4km。長門市中心部とほぼ中間に位置する黄波戸地区は、北浦最大の穀倉地帯である日置町にあって唯一の漁港です。江戸時代に赤間関往還・北浦筋が整備され、その宿駅が置かれて在郷町として発展した日置市(古市)と共に、黄波戸浦も人口が増加。大型船を多数保有する商港となります。そして萩藩の米蔵が置かれました。
集落は主要地方道長門油谷線とJR山陰本線にはさまれる形で細長く形成されています。幹線道路は海側を埋め立てて敷かれたのでしょう。黄波戸の地名を今に残すJR山陰本線の黄波戸駅は、昭和3年に国鉄美祢線の正明市駅(現・長門市駅)から分岐する支線の終着駅として開業しました。戦後この黄波戸駅から大勢の黄波戸の行商が各地へ足を伸ばしていきました。この黄波戸の行商は、黄波戸漁港に水揚げされた鮮魚をブリキの缶に氷を打ち運んだために「カンカン部隊」とよばれ、黄波戸鮮魚の名声と共に一時代を画したといわれています。
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