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大桑村には中山道木曽路の宿場町が2つあります。北側にある須原宿と南側にある野尻宿です。
大桑村の中心市街は2つの宿場町に挟まれた中間、長野地区弓矢でJR大桑駅もここにあります。もともと中山道は木曽川近くを通っていましたが、元禄年間の崩壊で山側のこの弓矢を通る新道が整備されたのです。これにより新たな街道沿いには3軒(19軒とも)の立場茶屋ができ、間の宿(合の宿)として駄賃荷物の交換所となりました。皇女和宮もこの長野で休憩をとったといいます。長野という地名も急峻な木曽川沿いの地で比較的平地に恵まれていたことに由来するとか。弓矢という地名は集落が弓のようにカーブしているからかと思いましたが、どうやら大桑八幡神社の別名「弓矢八幡」に由来するそうです。
村の中心市街とはいっても、わずか300世帯の集落で、かつての間の宿は商店街の一部になっていますが、商店も数えるほどしか見られませんでした。
このように3つの宿場町を含めた4か村が明治4年に合併、村の中心は中間の長野地区に置かれ、あらたな村名は旧宿場町のどれもにも触れず、当時盛んであった養蚕業の発展に願って「大桑」と名付けられたのでした。 |
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この十字路の坂を下るとJR大桑駅 |
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