平成の大合併で山口市の一部となった旧徳地町(佐波郡徳地町)の中心部、堀地区から中国自動車道を抜けて国道489号線を北上すること約5km。八坂地区にも商店や旅館が残ります。集落の規模の大きく、旧八坂村の中心市街だった場所で、古くは下徳地と呼ばれていた地域です。八坂という地名は、地内に清水が湧いていた事から、京都の八坂を模倣して名付けられたといい、徳地は平安時代に京都石清水八幡宮の寺領だった事に由来します。
八坂村には陰陽を連絡する石州街道が通り、中世から駅馬が設けられていました。江戸時代には家数は200軒近くあったとされ、そのうち7割は農家でしたが残りは商工業者であり、半農半商の在郷町を形成していました。
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