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水・米・酵母


■続・日本酒のはなし

一級酒・二級酒といった等級制度が廃止された現在も、酒造メーカーは独自のランク制度を作り、消費者もただ
高い安いといった基準で酒の善し悪しを判断する傾向に変わりは無いようです。とはいっても贈呈用の酒ならと
もかく、自分で飲む酒ならばもうしこし製法や原材料に興味を持った方が、酒そのものを楽しめるのではないで
しょうか?
現在では日本酒にかぎったことではありませんが、こと日本酒にしてみても国税庁による製法品質表示基準によって原料米名、精米歩合、仕込み方、瓶詰めの仕方など多様な情報がラベルに表示されています。
まあ、多少の知識がないとこれらの情報を読みこなすことができませんし、お米の種類が違うからといって味に
大きく影響するわけではありませんが、 スーパーの種類売り場の陳列棚で選ぶ場合だけでなく、むしろ旅の途中
における地酒の蔵元で蔵の人のお話をいろいろ聞きながら買う酒を吟味する。そして、日本の風土と文化を感じ
旅の風景を思いながら出し飲む酒。そんなのもありかな?と。
ただし、蔵元や酒販店、居酒屋などでの知ったかぶりのウンチクは身を滅ぼすのでやめましょう。

つぎに酒蔵のはなし。明治44年、日本酒の技術向上と新酒の開発を目的として「全国新酒鑑評会」が開催されま
した。これは一種のコンテストのようなものですが、1位・2位といった比較による評価ではなく、一定の基準
が満たされていればいくらでも受賞できる相対評価です。もちろここでの評価や受賞は蔵元にとっても死活問題
であり、また受賞すればブランド構築や宣伝にも利用できました。

日本酒造りの構造が科学的に解明され、製法が体系化されると良い材料とある種のマニュアルがあれば、誰でも
受賞できるようになります。もちろんこの誰でもとは、高い技術力と優秀な杜氏・技術者がいる酒蔵であること
は言うまでもありませんし、受賞回数が多いという事は醸される品質が安定している技術力の証明です。

吟醸酒にける黄金の方程式「YK35」

酒米は兵庫県産の山田錦(Y)、酵母は熊本酵母(協会9号)、米は35%まで精白。これで造れば皆が賞受
賞できる(技術力があれば)誰が決めたか暗黙の方程式で、流通が発達した現在ともなれば、全国からすぐれた
原材料を集めるのは容易なことで、結果北から南までみなこの 「YK35」という方程式で酒造りを行います。
つまり日本の風土や土地の文化と深く密接な関係にある日本酒が、全国一律に平均化していく事になりました。
(とはいっても鑑評会に出品する「それ用」の酒だけです、また厳密には各酒蔵に住み着いている「家付き酵母」
などの影響や使用する水の成分により、完全には同じ酒が生まれないのは救いですが・・・・)

一時の日本酒ブームも落ち着き全国の蔵元では世代交代が行われます。酒造メーカーは2極化し日本酒シェアの
8割近くを寡占する大手メーカーに対し、全国2,000社近い中小零細の蔵元ではもはや大手メーカーの背中を追
うだけでは生き残れません。
「地酒」という言葉が一人歩きしているきらいもありますが、日本酒の基本は「地の米・地の水・地の空気」。
土地で穫れた米を使い、求める酒を生み出す相性の良い酵母を選ぶ。精米歩合も数値にこだわらず仕上がりから
逆算してはじき出した比率で磨く。酵母を選ぶ。麹米と掛米を違う品種で組み合わせる、等々・・・
漫画「夏子の酒」のように農家と契約して失われた酒米を復活させた蔵元も、今では珍しくありません。
ビンの色形からラベルのデザインに込められた蔵人の想い。厳しい環境におかれた全国各地の小さな酒蔵を応援
していきたいものです。

水のはなし「硬水」と「軟水」


昔から「名水処に銘酒あり」といいます。
水にもいろいろ種類があり、酒造りに向く水、向かない水があり、出来上がる酒質を大きく左右するので、昔の
酒蔵は大変苦労しました。
江戸時代から語られた有名な言葉「伏見の女酒・灘の男酒」は、まさに水による酒質の違いです。
京都伏見の酒はミネラルをほどほどに含んだ「中硬水」であり、軟水は発酵が進まない為に長期間の発酵日数が
必要になります。結果、京の酒はなめらかで、きめの細かい淡麗風味の酒に仕上がったのです。
兵庫灘の男酒は有名な「宮水」と呼ばれる「硬水」が使われました。硬水はミネラルを多量に含んでいるため
に酵母の働きが活発になり、短い発酵期間で辛口の酒になります。灘の辛口酒はたちまち全国を席巻しました。

京都伏見の水はほどほどにミネラルを含んだ「中軟水」でしたが、日本の地下水はほどんどがミネラルの少ない
「軟水」でした。この軟水は酵母の発酵が進まずに醸造には適さない水であった為、灘の洗練された「男酒」が
次第に酒質の安定しない全国の地酒を駆逐していく要因にもなりました。

しかし、明治30年( 1897)広島県安芸津の三浦仙三郎により軟水醸造法が開発され、今度は軟水で醸した酒の
味が現代人の味覚に合っているとして全国に広まるようになり、灘の酒蔵もそれに追随します。
ちなみに現在は酒造技術が発達し、硬水、軟水のいずれを用いても辛口、甘口の酒を造り分けられるそうです。



酒米・酒造好適米


日本酒を造る「酒米」はご飯として食べる「米」と真逆なほど性質が違います。炊いて食べておいしいタンパク
質の部分は酒造りにおいては雑味につながるからです。
酒米は法的には 「醸造用玄米」、酒造業界では「酒造好適米」と呼ばれています。大粒で中心部に心白があり、
蛋白質の含有量が少ないといった特徴があります。麹菌が繁殖しやすく、醪によく溶け、アルコールの醗酵が順
調に進みやすい事が求められます。

しかし「酒造好適米」は生産量が限られ高価な為、普通酒などの低コスト酒では「水稲うるち玄米」に分類され
る一般米が用いられています。一般米でも高品質な吟醸酒が製造できないわけではありませんが、酒造好適米の
ほうが醸造過程で非常に安定するそうです。
一般米の種類としては 「日本晴」「黄金晴」「トヨニシキ」「オオセト」 「うこん錦」などその他多数の種類が
あり、酒造りに適するような品種改良も日々行われています。

以下は、特定名称酒で多く使用されている代表的な「酒造好適米」を紹介していきます。

山田錦(やまだにしき)

兵庫県で生まれた吟醸酒造りに最も適したバランスの良い品種であり、長きにわたり「酒米の王様」として君臨
する超人気種。作付面積も「五百万石」に次ぐ規模を誇ります。


五百万石(ごひゃくまんごく)
新潟県で生まれましたが、東北から九州まで幅広く栽培され、酒造好適米のなかで最大の作付面積を誇る種。
心白が大きく精米歩合を上げると割れやすいが、落ち着いた風味に仕上がる。

雄町(おまち)
江戸時代に岡山県で発見された最も古い歴史を誇る種。山田錦同様に芳醇でしっかりとした味わいに仕上がる。
山田錦が登場する前は、この種が吟醸酒に欠かせないトップブランドとして君臨していました。
背丈が高く栽培が難しいため一時は絶滅の危機にありましたが、近年再び全国で増産されるようになりました。
岡山県で生まれた雄町ですが、現在も岡山県赤磐地方のものは高品質で「赤磐雄町」のブランドを持ちます。

美山錦(みやまにしき)
寒冷地向けの耐令品種として東北地方を中心に栽培されている種。最近の流行りである淡麗辛口の酒造りに適し
ている為、作付面積では第三位の規模を誇ります。

亀の尾(かめのお)
「夏子の酒」で一躍有名になった幻の酒米。山形県庄内地方で生まれ、酒米としてだけでなく飯米としても優れ
戦前には全国規模の作付を誇りましたが、やがて他の品種に駆逐され姿を消しました。
「夏子の酒」のモデルになった新潟県の久須美酒造によって復活を果たし、この酒米を採用する酒蔵も増やして
います。 ほっそりとしながら、野性味のある味に仕上がります。

半反錦(はんたんにしき)
広島を代表する酒米で、品種改良により耐倒伏性を高め高地栽培に適した種。淡麗でスマートな味に仕上がりま
す。広島県のみで栽培。

若水(わかみず)
「五百万石」をベースに愛知県で開発され東海地方を中心に栽培されている種で、淡泊なためにフレッシュな感
覚の酒に仕上がります。クセの無い純米酒系造りに適しています。

その他近年有名になった酒造好適米のおもなものは
伊勢錦・神力・強力・渡舟・たかね錦・出羽燦々・ひとごこち など多数あります。

酵母

発酵に欠かせない酵母は何十万を超える種類が自然界に広く存在していて、それぞれが異なった資質をもっています。この酵母の多様性が酒の味や香りや質を決定づける重要な鍵となるのですが、江戸時代では「もと造り」過程において空気中に自然界に存在する酵母や、酒蔵に棲みついた「蔵つき酵母」に頼っていたため、醸造が安定しませんでした。
やがて明治時代になると科学的な研究によって有用な菌株の分離や全国レベルでの収集と養育が行われました。さらに明治44年に全国新酒鑑評会が開催されると日本醸造協会は受賞した蔵元の酵母を採取し、純粋培養して頒布しました。こうして頒布された酵母を「きょうかい酵母」といいます。

名称 採取蔵 実用年 特徴
1号 桜正宗(兵庫) 明治39年 現在使用されていません。
2号 月桂冠(京都) 明治45年 現在使用されていません。
3号 酔心(広島) 大正3年 現在使用されていません。
4号  不明(広島) 大正13年 現在使用されていません。
5号 賀茂鶴(広島) 大正14年 現在使用されていません。
6号 新政(秋田) 昭和10年 通称「新政酵母」吟醸酒よりは普通種向け。
香りを抑えた味のソフトな酒質向け。
7号 真澄(長野) 昭和21年 ベストセラー酵母・通称「真澄酵母」。
醗酵力が強く吟醸酒よりは本醸造、普通種向け。
8号  6号変異株 昭和35年 芳醇な酒質を造りましたが、不人気により販売中止。
9号 香露(熊本) 昭和28年 ベストセラー酵母・通称「熊本酵母」。
吟醸酒をはじめ特定名称酒向け。
10号  不明(東北) 昭和27年 繊細な酒質で吟醸酒・純米酒向け。明利酒造(茨城)で培養
販売された為、通称「明利小川酵母」ともいいます。
11号  7号変異株 昭和50年 普通の酵母は発酵によりアルコール濃度が高まると自滅しま
すが、この酵母は20度まで耐性があり、超辛口酒向け。
12号 浦霞(宮城) 昭和40年 通称「宮崎酵母」または「浦霞酵母」
優れた酒質ながら取扱が難しく普及しませんでした。
13号 日本醸造協会 昭和56年 9号と10号の交雑でMK-9とも。現在頒布中止。
14号 金沢国税局管内 平成4年 通称「金沢酵母」。吟醸酒や純米酒向け。
9号に近い特性で人気急上昇。
15号 秋田県醸造試験場 平成8年 バイオ技術を駆使して生まれた優良突然変異株。
「AK-1酵母」「秋田流花酵母」として知られた酵母ですが、
後に泡なし酵母であることから種別番号を第1501号に変更。


この他、「きょうかい酵母」はさまざまなバリエーションが造られています。また、各都道府県の醸造試験所
でも開発競争が盛んに行われ、「本当の地酒」造りを目指す蔵元に積極的に採用されています。

泡なし酵母
(607号、701号、901号、1001号)採取蔵の後ろに追加識別番号を付けて区別しています。酵母の性質その
ものは泡あり酵母と変わりません。
泡がない為にタンクの上限まで仕込めたり、タンク内部の清掃が容易であるといったメリットがあります。



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