一路一会鉄道の旅・鉄路一会>会津只見線を廻る
  土日で会津〜新潟鉄道紀行
  会津只見線を廻る
 

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 人生30年を迎えて、ある日突然「汽車旅」をしたくなった。
 今までの人生の中で、北は北海道から南は九州までを車やバイクで旅してきたが、鉄道で旅をした事は社会人になってから、いや学生時代から数えても記憶にない。
 年間2万キロ以上を車で走り続けていながら、いまだにキップの買い方に始まり時刻表の読みかたすら知らないのであった。なんという事であろう。
 それがどうしてか、雑誌やテレビの影響か、おそらくそうである。「冬のローカル線でほろ酔い旅」というキーワードを無性に実行したくなった。もちろん「鉄旅」が実現するには、それ以外の伏線もいろいろあった。
 車旅では「ほろ酔い」が出来ない事は当然ながら、走行距離18万キロを目前にひかえた愛車の状態への危惧、及び高価な冬装備に対する費用対効果の試算。さらには、ハンドルを握る緊張から解放された旅への憧れも芽生え始めていた。車の自由度は無いが、今回は列車のダイヤ以外は特に何も考えず、自由気ままな旅をしてみようと心に決めた。

 幸にして、時期は「冬」である。温暖化の影響か、積雪量が少ないのが気になるが、とりあえず今の車に関しては「冬対策」の投資はしないと決めたので、ここで「雪国」へ鉄道で旅する計画が決定した。続いてコースであるが、やはり冬季には陸路が通行止めになり、車では絶対に行くことの出来ない豪雪地帯を選び出した。
 あらゆる陸路が雪で封鎖され、長い冬の間は陸の孤島になる地域が現在の日本にも数多くある。それらの地域は鉄道によって、かろうじて「外界」と結ばれている。国鉄分割民営化以降、全国各地の赤字ローカル線が廃止され続けた中で、「超」のつく赤字路線が今なおいくつも存続しているのは、そういった地域の生命線を担っているからなのである。それら秘境の超ローカル線の「聖地」とも言える路線が、幸にも関東地方にあったのある。知る人ぞ知る「只見線」がそれである。

 只見線は、福島県会津若松市の会津若松駅から新潟県魚沼市の小出駅までの135.2kmを、実に5時間以上かけて結ぶ路線であり、全線通しで運行されるのは1日3往復しかない。地図を見ると車でのアクセスは、積雪期でなくとも骨が折れそうな秘境を列車は走り抜ける。これにロマンを見いださない訳がない。想像しただけで武者震いがする。

 問題は「雪」である。ネット時代は便利なもので、今は国土交通省を中心として積雪地域の自治体は、主要箇所にライブカメラを設置して、その様子がネット上で随時確認する事ができるのである。しかし、今年はどうも雪が少ない。降ったかと思えば、晴天が続いて雪は溶かされるの繰り返し。2月、3月に積雪量が増えるというが、そのまま冬が終わって春を迎える恐れもある。雪が今回の旅のメインテーマであるので、それが無いと行く意味が無い。ゆえに、キップを前もって購入しておく事はできない。当日判断となってしまった。

 さて、 今までの人生で時刻表を読んだことが無い私は、列車の乗り継ぎプランをネットで調べる事に。まあ、ある意味便利な世の中になったもので、鉄道の乗り継ぎや料金が簡単に検索できるサイトがいくつもある。
最大の課題は、「只見線」までどのようなルートでアクセスするか。それが定まらないと、その道程に肉付けされる「イベント」の計画へ進むことができない。 しかし、それはすぐに解決した。ネットサーフィンで偶然発見した
JR東日本と東武鉄道のコラボによる新宿発鬼怒川直通。長年のライバルとして凌ぎを削っていた両者が旅客の低迷により手を結んだ企画で、なにより浅草では無く新宿発というのが良い。
 さてそれが決まれば後は早い。鬼怒川から先は、第3セクターのローカル線を乗り継いでいく。奥会津・南会津地方を旅する際の常道である会津西街道に沿って、今回は列車で北上するのである。街道沿いの風景は記憶に刻まれているので、それを違う角度の列車の車窓から眺めるのも楽しみの一つである。

 新宿から鬼怒川へ特急でリッチにアクセスし、山岳部をローカル線の野岩鉄道と会津鉄道を乗り継いで、湯野上温泉で宿を取る。翌日に会津若松へ出てから、城下町と酒蔵を散策後、メインイベントである只見線に5時間揺られて、新幹線で東京に帰ってくる。なんという濃厚でかつ感動的な週末の使い方であろうか。
Page1■ 新宿-東武直通-会津鉄道
page2■ 野岩鉄道-大内宿
Page3■ 湯野上温泉-会津若松
page4■ 只見線-東京へ
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