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   青春18キップで廻る   
  山陰山陽じぐざぐ鉄道の旅  
 
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広島を出て約3時間、ようやく新山口駅に到着した。まだ真っ暗な時間に宿を出たのにあと少しで昼である。新山口駅は山陽新幹線の「のぞみ」が停車するにあたって旧・小郡駅から改称されたのだが、小郡駅時代を知る身としてはどうもピンと来ない。もちろん新山口の方が合理的ではあるし、当初からそうすればよかったのだが、当時は自治体間の軋轢でそれはできなかったのだ。

山口線は一番端の8番と9番線から出発する。8番線にはキハ40系3両編成の普通列車が止まっていたが、その横を通過して9番線に待っている快速列車をめざす。快速列車(5623D)はキハ40系2073の1両ワンマン車だった。「おいおい逆だろう」と思ったが、やはり車内は混雑しており、ロングシートに寿司詰めで座る。
列車は大幅な延命改修が施され、車内に限っていえば新車同様。窓はJR西日本で勢力を広げつつある、茶系で下部が固定式の新式の窓に入れ替わっていた。

山口線はSLなども走るのどかな地方ローカル線のイメージが強いが、山陽と山陰を結ぶ連絡線で、山口県の県都を走る都市近郊路線でもある。新山口(旧・小郡)から益田まで国道9号線に併走する93.9kmを28駅で連絡し、全線非電化・単線の地方交通線。しかし新山口駅で山陽新幹線に接続する為、山陰本線を走る特急はこの山口線をメインルートに変更、実質的な幹線にもなっている。無人駅ばかりであるが。ちなみに国道9号線は言わずと知れた古代から続く「山陰道」である。もっとも交通量は今も昔もそれほどなかったようだ。

山口市は一応と言っては失礼だが、県庁所在地でもあるにかかわらず、単両の列車が走るあたりは山口県の特殊性とでも言えようか。工業ベルト地帯の瀬戸内海沿岸の都市に人口が集中している、と言うよりも奪われているため「県都」の方は中規模以下の中核都市といった印象、温泉地としてのイメージも強いのどかな町である。田園郊外とのエッジも無く、あまりの密度の薄さに驚かされる。

満員の乗客を乗せた快速列車(5623D)は11:26新山口駅を出発。そして山口駅に到着するまでに大半の乗客が降りていった。残りの乗客は恰好からして観光客であり、おそらく皆終点まで乗っているだろう。終点の益田には13:45に到着予定である。昼食時は山陰本線の特急内でゆっくりと摂る計画だ。

山口駅を過ぎると宮野駅からいよいよ山岳線の始まりだ。トンネルの連続、切り通しも最初は面白いが、こればかり続くと飽きてくる。車窓に変化が欲しくなってきた。やがて最初のひと山を超えると念願の小盆地にでた。地福駅で列車交換。鍋倉駅は本州最西端のりんごの山地で駅周辺にもりんご園が広がる。徳佐駅は阿東町の中心地。
島根県境までこの小盆地は続く。この地方独特の赤い石州瓦に白の漆喰が生える民家、駅や街道沿いには昭和初期ごろを思わせる古き時代の風景がそのままチルドされていた。
そして船平山駅は山口・島根の国境の駅だ。駅のすぐ先には国境を越えるトンネルがある。

「トンネルを抜けると、そこは石見国だった・・・??」2つのトンネルを抜けると、眼下に谷間が広がる。山の斜面を伝いながらゆるやかに勾配を下げていくと、山に挟まれたわずかな土地を埋め尽くすような町が現れる。
山口線有数の観光地であり、山陰の小京都の一つ「津和野」である。津和野は江戸時代、亀井家4万3000石の城下町として栄えた町。古い町並みの中に3件の酒蔵がある。

津和野から日原までは山岳色が強いが、日原町をすぎると津和野川の川幅も広がり、ゆるやかな景色に変わっていく。日原は中世から銀や銅の産地であり、江戸時代は天領(幕府直轄地)だった。高津川の舟運、宿場町として栄えた町。ちなみに錦川鉄道は旧国鉄岩日線が前身であるが、岩日線とは山口県の岩国とこの日原を結ぶ路線として計画されたものだった。

石見横田駅で山陰本線の特急「スーパーおき」と列車交換。石見横田を出ると津和野川に高津川が合流して、工場の煙突が見え始めたらもう終点の益田駅である。山陰本線に合流して列車は益田駅の2番線に到着した。特急・乗車券を購入して、昼食も無事に買うことができた。パック詰めの「しめ鯖の巻きずし」は、予想以上に絶品であった。昨日買った三次の地酒も進む進む・・・・。

 

 
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益田から江津までは特急「スーパーおき」を奮発した。この特急で江津に直行しなければ、「今日の」三江線に乗り付けないのだ。地方路線では1時間に1本どころか、2〜3時間列車が1本も走らない路線も多い。そんな中で特急列車や優等列車が運行されている「幹線」や有数の観光地を抱える路線では、特急列車や急行の本数が鈍行列車を上回るケースが多いのである。山陰地域の幹線である山陰本線は、地域ごとの通勤通学の為だけに存在するといっても過言では無い。もっともこれは日本中の地方路線にあてはまる事である。
ゆえに、長い山陰本線もその路線沿いに点在する中核都市を中心に細かく分断されているのだ。運行する本数が極度に少ない上に、その連絡もほとんど考慮されていない。

1日に数本しか全線を通して走る列車が無い三江線に間に合う上に、江津本町の古い町並みを散策する時間も手にする為に、あえて特急列車を奢ったのである。もっとも、それ以上に早朝からすでに8時間も、鈍行列車に揺られ続けた体を癒す効果もあり、十二分に価値のある支出であった。

益田駅1番線にやってきた14:32発の特急「スーパーおき」(3004D)は、JR西日本の新型特急列車キハ187系2両編成だ。今日も山口線で幾度もすれ違っている。
キハ187形はの外見はせいぜい新型の「普通列車」っぽいが、しかし車内はちゃんと今風の特急列車そのものであった。新型ディーゼルエンジン搭載で電車なみの加速。あっという間に時速100キロ超のスピードに達する。振り子式で、線形の悪い山陰本線を車体を傾けながら軽快に駆け抜ける。外見はおおよそ特急列車とは思えない合理的すぎるデザインだが、並結運転の多い山陰地区では柔軟な運用が可能そうだ。山陰の海や陽の光をイメージした青や黄色の派手な塗装は警戒色も同時に兼ねているとか。
気持ちいい。自由席車両が動力車なのか、振動や音も若干あるが、不快な横揺れは無い。なにより窓が綺麗で日本海の車窓が一層際だった。

快適なシートで日本海の景色を肴にすっかりほろ酔い気分になる。はたして江津で20kg近い荷物を背負ったまま、町並み歩きができるのだろうか?途中鎌手駅でおなじく特急スーパーおきと列車交換。波子駅で普通列車と交換したが、その後の記憶はあまり無い。


 
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