一路一会>鉄道の旅・鉄路一会>土日キップで廻る常磐越と南奥州の旅 | |||||||||
土日キップで廻る 常磐越と南奥州の旅 |
|||||||||
4 |
|||||||||
郡山駅は東北本線、水郡線、磐越西線、磐越東線のほか、東北新幹線にJR貨物が乗り入れる、南東北有数のターミナル駅だ。 本来はここで磐越東線という線に乗れば、福島県内は完乗するのだが、本数が少なく帰路も考えると、その後の長い旅程に、どうやってもはまらない為、今回はあきらめ次回に持ち越すことにした。 水郡線は郡山駅の2番線に到着した。向かいの1番線には赤と黒の帯に会津のシンボルキャラクターらしい「赤べこ」のイラストを貼りまくった、磐越西線がとまっていた。磐越東線の片割れ、磐越西線は郡山と新潟を結ぶ長大なローカル線だが、全線を通じる直通列車は日に何本もない。大半が郡山ー会津若松間の折り返しである。 2両編成の719系が2つ連結した4両編成の快速・会津若松行き。国鉄最後のステンレス近郊型車両である。出始めたころは斬新だったが、今となってはだいぶ年季が出てきた。ローカル線とは思っていたものの、磐越西線は全線が電化されていたのか。と、いった勘違いは先の会津若松での乗換で学習することになる。 磐越西線はこれまた満席。かろうじて最前列は、運転手の真後ろにある2人がけのロングシートを確保。12:50に郡山を出発した列車は、前方に広がる磐梯山を目指して静かに加速し、時速80kmから90kmのスピードで平野を疾走する。単線ではあるが、やはり電車である。 安子ヶ島で列車交換のため停車するがドアは開かない。盤台熱海は伊豆の熱海にあやかって付けられた名前であろうが、本家の熱海同様にさびれた感がある温泉街。中山宿はスイッチバック駅のようだが、本線を通過してしまった。どうやら今乗っているのは「急行」らしい。 川桁駅からは支線のような跡が南に延びていた。これは磐梯急行電鉄の遺構らしい。 |
|||||||||
中山峠付近から残雪が見え始める。峠を越えると雪の勢力が増していく。猪苗代は白銀の世界。水平線の先にわずかに顔を出す猪苗代湖。 扇島でまた列車交換。三菱マテリアルの工場が駅前に広がる広田駅でまた交換。いかにこの路線の本数が多いかを物語っている。特急列車もすれ違い、郡山―会津若松間だけはローカル線というよりも幹線に近いようだ。最後のひと山を越え会津盆地が眼下に広がり始めると、大地を覆っていた雪は急速に姿を消していった。やがて、右手から本線がせまってくると、列車は会津若松駅の1番線に入っていく。 新潟へはスイッチバックで向きを変えていくのだが、乗換の新潟行き列車は少し離れた3番線ホームにある。 ここから新津までは完全な山岳ローカル線だ。停車している古い気動車がそれを物語っている。 時刻表に記された列車番号の末尾に書かれたMとDの文字。もしやモーターとディーゼルでは??と、この時 ふっと頭にひらめいた。はたして、正解だった。だんだん時刻表を読みこなしていく、スキルアップを感じる。 新潟行きの下り列車は、どらえもんを彷彿させるカラーのキハ47系で14:33発。約3時間後の17:48に新潟に着く予定である。 駅弁とビールを買って、出発を待つ列車の中で遅い昼食を取る。 完全な旧式車両で昔ながらのボックスシート、これからの長い道のりである。 走り出した列車は、会津盆地を周回するように高度をかせぎ、ラーメンと蔵の街、喜多方を目指す。快速ではないが、途中の無人駅2つは朝夕の通勤通学時間帯以外は通過するようだ。 久々に訪れた喜多方で本当ならば、バラ肉チャーシューたっぷりの喜多方ラーメンをすすりたかったが、時間が無いので、次回の訪問時にお預けとし、列車は無常にも走り去っていく。喜多方を過ぎると景色は一変、一気に山の中へと進んでいく。 目に飛び込む地表はすべて雪に覆われていた。照りつける西日のために列車内の温度は高い。山を越えて急に開けた盆地。しかし、盆地ではなく台地であり、すぐ後に切り立った断崖が現れる。河岸丘陵上にある山都駅。切り立った谷間を川が流れる。複雑な地形。 斜面のに建つ登尾駅、列車はエンジンを唸らせながら、ローギアで回転数をあげてゆっくりと急勾配を登っていく。 停車駅はみな、町というよりは「集落」である。かつては新潟から会津まで、諸産物や物資が行き来した街道筋の宿場町の面影を残している。県境の駅である徳沢駅を過ぎると、新潟県に入る。 県境で阿賀川が阿賀野川に変わる。 磐越西線は新潟までこの川に沿って走る。 常浪川が合流する阿賀野川の河畔に建つ津川駅で列車交換の為にしばらく停車。ホームに降りて、澄んだ空気を吸う。気持ちがいい。山間部も残りわずかだ。 ようやく平野部に出た頃には、だいぶ日も落ちてきた。平野部に出て、最初の大きな町が五泉駅。織物の町として知られ、町の中心に「雁木」や豪商の屋敷など古い家並みがわずかに残る。 そして、いよいよ終点の新津に到着した。新津は信越本線や羽越本線が交錯する交通の要衝だが、首都圏を走るJR東日本の新型車両がこの新津車両製作所で製造されているのだ。 今乗っている磐越西線は新潟駅直通だが、この新津駅でしばらく休憩するらしく、向かいホームの信越本線が先に新潟に着くということなので、乗り換える事にした。 新潟駅には若干早い、17時過ぎに到着。今なら新幹線からの車窓もまだ見れるだろうと、このまま東京を目指す事にした。今年最初の土日キップの旅で、2階建て新幹線Maxときの2階席に懲りたので、今回は賢く車端部にある平屋部分を狙った。 ホームには列が出来ていたが、新幹線が入線し、ドアが開くと多くの乗客が2階や1階を目指したなかで、私はすんなり平屋部分の窓際席に座ることができた。この部分は個室的な雰囲気もあるので、結構お気に入りになるだろう。もちろんシートもリクライニングした。 今回は控えめながら約2,000キロ。52,000円分の路線を廻った計算になる。 |
|||||||||
|
|||||||||
|
|||||||||